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ザ・ヘルム・タイムズザ・ヘルム・タイムズ

HELM MAGAZINE

ACTIVITY

「データと感覚の通訳者」として。HELM MOTORSPORTS チーフエンジニア浦野が描く、沖縄から世界へ続く勝利の軌跡

【Human of HELM  SUPER GT史上初の女性エンジニア】

モータースポーツの最高峰、SUPER GTのピット。凄まじい爆音と緊張感が支配するその場所で、冷静にモニターを見つめ、マシンの最適解を導き出す一人の女性がいる。HELM MOTORSPORTSのエンジニア、浦野夢希だ。

「SUPER GT史上初の女性チーフエンジニア」という周囲の注目をよそに、彼女が見つめているのは常にマシンの挙動と、それを裏付ける膨大なデータ。福岡での学生時代から、現在の沖縄でのリモートワーク、そして未来の海外挑戦まで。彼女が歩んできた、決して平坦ではないが、純粋な情熱に突き動かされた軌跡を、彼女自身の言葉で辿る。


原風景:ロケットの研究からサーキットの深淵へ

——もともとレースの世界に入るきっかけになったような出来事はありましたか? 小さい頃からレースがお好きだったのでしょうか。

浦野: 実は、小さい頃はレースをほとんど見たことがなかったんです。ただ、父がディーラーでメカニックをやっていた影響で小さい頃から「車ってかっこいいな」というぐらいですが興味はありました。高校生になってすぐに免許を取りに行ったのもその影響ですね。 本格的にレースを初めて見たのは、大学生になってからです。「学生フォーミュラ」という、みんなで一台の車を作って走らせる活動に参加したのですが、その大会会場にたまたま「チームルマン」のスーパーフォーミュラ車両が展示してあったんです。そこで実際に働いているスタッフの方々と交流したのがきっかけで、インターンシップとしてチームに関わらせていただくことになりました。地元が福岡だったので、オートポリス戦の時だけ「おいでよ」と言っていただいて、最初はスポンサー様やゲストの方に飲み物を出したりマネージャー業務のサポートからできることからお手伝いを始めました。

——その当時は、どのような将来像を描いていましたか?

浦野: チームと一緒に過ごしていく中でエンジニアの仕事を知り、私もちょうど大学の工学部にいたので「それなら私にもできるんじゃないか」と勧められたのが大きかったですね。大学では機械知能工学科で、主に空力の研究をしていました。本当は車の研究をしたかったのですが、当時は研究室に車の題材がなかったので、ロケットなどを対象に空力の勉強をしていました。数学や物理が好きだったので、理系の道を選んだのは自然な流れでした。当時はサーキットにいるだけでワクワクしていて、自分がやったことがレースの結果にそのまま繋がるエンジニアの仕事ってもっと楽しいんだろうなと思っていました。それで将来はエンジニアの仕事に進む決意をしました。今思い返しても大学時代にレースが楽しい、好きだっていう気持ちが自分にあることが分かったのは大きな出来事でしたね。

現場の洗礼:泥臭い1年目が教えてくれたこと

——大学卒業後、プロとしてのキャリアのスタートはどういったお仕事から始まったのでしょうか。

浦野: 卒業後、そのまま「チームルマン」に入社しました。当時はSUPER GTの500クラスとスーパーフォーミュラの両方に参戦していたので、どちらの現場にも行かせてもらいました。最初はデータエンジニアとして、先輩に教えてもらいながらのスタートです。レース分析については右も左もわからない状態だったので、現場で起きる問題にどう対処するか、実践の中で必死に勉強しました。

——エンジニア以外の、現場の仕事も多かったと伺いました。

浦野: 1年目は本当に大変でしたね。エンジニアの仕事以外にも、社用車を洗ったり、レースから帰ってきたピット機材の配線をすべて綺麗に掃除したり……。でも、そういった作業を経験することで、チームがどんな機材を持っていて、メカニックがどんな道具を使って作業しているのかを深く理解できました。エンジニアはメカニックの方々に作業をお願いする立場なので、現場の状況を把握しておくことは非常に大事なことだと思っています。


HELMという「アットホームなプラットフォーム」

——現在は沖縄に拠点を置きながら、HELM MOTORSPORTSに参加されています。その経緯を教えてください。

浦野: 夫が米軍関係者で沖縄に住んでいるため、結婚を機に私も沖縄に移住することになりました。データエンジニアとしてSUPER GTのチームでキャリアを積んでいた中、前職をそのまま続けるのが難しくなったタイミングで、ちょうどHELMから声をかけていただいたんです。「沖縄からでもいいよ」と言ってくださったので、普段は沖縄でリモートワークを行い、必要な時に工場やサーキットへ向かうという今のスタイルになりました。 沖縄でデータを分析しながら「今は現場はこんなに寒いんだ」と想像するのは、気温の差もあって少し難しい部分もありますが(笑)、非常に充実しています。

——2年目を迎えるHELM MOTORSPORTS。チームの雰囲気はどう捉えていらっしゃいますか?

浦野: 凄くアットホームなチームだなと感じています。様々な現場で経験を積んできたプロフェッショナルが集まっていて、それぞれの知見をうまく引き出しながら結果に繋げていく、一つの「プラットフォーム」のような場所だと感じています。 ドライバーの平木兄弟も、お互いの良い部分を補い合っていて、非常に良い関係性です。GTは二人で一台のマシンを共有するので、遠慮せずに意見を言い合える彼らの信頼関係は、エンジニアとしても凄く助かっています。


エンジニアの本質:感覚を「翻訳」してデータと結びつける

——ドライバーとのコミュニケーション、特に「感覚」を共有する難しさはどこにありますか?

浦野: ドライバーが発する言葉の意味を理解するのには、最初はどうしても時間が必要ですね。「(限界を)超えている」という言葉ひとつとっても、彼らが実際にどう感じていて、それがデータ上の挙動とどう結びついているのか。通訳ではないですが、感覚的なコメントをデータに落とし込む作業は非常に難しいです。だからこそ、まずは徹底的に話し合って、彼らの感覚を理解することを大切にしています。またチーフエンジニアになって、より多くの人と関わるようになって、自分と同じ職種でない方とも上手く連携をとる必要があったり、責任もいっぱい増え、難しさを感じることもあり、試行錯誤しているところです。

——AIなど解析技術が進む中で、エンジニアとして最も大切にしていることは何でしょうか。

浦野: 案外、変わっていない部分も多いんです。実際にタイヤの摩耗を見て判断したり、車の運動特性を確認したり……。データと実際の現物の整合性を合わせていくことが、エンジニアにとって一番大事な仕事だと思っています。


未来の景色:勝った瞬間の感情を、もう一度

——7年間のキャリアの中で、モチベーションを維持し続けられる理由は?

浦野: 自分の試したことが、良くも悪くもダイレクトに結果として返ってくるところが最大の魅力ですね。嬉しい気持ちも、悔しい気持ちも、すべてが次の仕事へのモチベーションになっています。この7年間、ずっと高い意欲を持って取り組めているのは、レースという世界自体がそれだけ魅力的なものだからだと思います。

——今後の目標、そして夢を教えてください。

浦野: 主人の仕事の都合でアメリカに住むことになるかもしれないのでアメリカの大きなレースでもエンジニアとして活躍してみたいという夢があります。英語でのコミュニケーションも、日々の生活の中でトレーニングしています。 そしてHELMとしての今シーズンの目標は、やはり「勝つこと」です。今の責任ある立場で、優勝した時のあの感情をチームのみんなと味わいたい。常にトップ10圏内に食い込み、チャンスを逃さないポジションに居続けることが、表彰台や優勝への近道だと思っています。


メッセージ

——メカニックを目指している方や学生さんにメッセージをお願いします。

浦野: とにかく好きなことを見つけて好きなことに、とことんこだわってトライを続けて欲しいと思います。私の女性の友人も今年からスーパーフォーミュラでチーフメカニックになるのですが、業界内で経験を積んでチーフや役職につく女性も増えていくと思います。
こういうメディアで取り上げていただけるのもエンジニアという仕事を知っていただけるきっかけになるかもしれないし、女性でもエンジニアを志して下さる方が増えたら嬉しいなと思います。

編集後記

浦野氏の言葉からは、論理的な思考の奥底にある「レースが好き」という純粋な熱量が溢れていました。沖縄という地から最先端の現場を支え、自らの手で結果を掴みに行くその姿は、これからのモータースポーツ界における「新しいプロフェッショナルの形」を体現しているようでした。